ポリシー:「好きなことをやる」ということ

2020/04/30

考察 自分について

t f B! P L

最近少しもやもやしていたので、今日は珍しく私自身のポリシーについて書きたいと思います。

先に書いておくと私自身のポリシーは、
好きなことしかしない
という自堕落なものです。

ですが普段割と嫌なこともやっている、これは何故か、書いていきたいと思います。

「好きなことだから頑張る」ということ

みなさんにとっての「好きなこと」とはどういう概念でしょうか。

私が「好きなこと」と言うとき、「結果」や「成果物」や「行動」や「過程」でなく「分類」という概念が近いです。
WBSの大項目のようなイメージです。

例を書けば

ソフトウェアを作る という分類に
 理論研究 という行動や過程
 設計実装 という行動や過程
 動作確認 という行動や過程
 ソフトウェア という結果や成果物

こんな構造です。

「好きなことだから頑張る」というのは、好きなこと」という分類に含まれる、好きじゃない行動や過程も遂行するということであり、結果は結果で好きも嫌いもない情報でしかありません。
だからソフトウェア開発に限らず、文句を言いながらも日々色々なことを行っています。

「好きなことばっかりやって生きる」ということ

「好きなことばっかりやって生きてる?」
問いかけられたときに、どんな答えが出来るでしょうか。

私は「好きなことばっかりやって生きている」と答えます。
もちろんアッチコッチで文句を言って、愚痴を言って、楽しくなさそうなこともたくさんあります。
実際に楽しくないことも沢山あります。
それでも「好きなことばっかりやっている」と答えるのです。

たとえば普段文句ばっかり言っているソフトウェア開発だって、基本的に私は好きなのです。

それは例にすればこんな具合です

私はソフトウェアを作ることが好きです。
理屈を考えてクラスを作るのが好きです。
コーディングしてコードが動く瞬間が好きです。
しかし設計文書を作成することはとても嫌いです。

文句を言っていることって、実は好きなことをやっている中の一部の嫌なことをやっているときです。
根っこから嫌なことは全くやらない主義なので、むしろ何も言っていない事、つまり何らかの感想を持つような行動を取っていないことの方が、圧倒的に嫌いなことです。

「嫌なことをしない」≒「好きなことをしない」


これまでも書いたとおり、「好きなこと」というのは少なからず「嫌なこと」を含むものだと思っています。

主語を大きくして好きなことを捉えたときに「好きなことをやっている」と言うには、そこに含まれる小さな嫌なことを避けて通ることが出来ないのは当たり前です。

つまり小さな嫌なことを避けるということは、大きな好きなことを避けるということだと思っています。

何かしたいと思ったときには、そこに含まれる小さな好きなことと、小さな嫌なことをなんとなく最初から最後まで分解してみます。
このとき嫌なことの比重が高ければやりませんし、好きなことの比重が高ければやります。

逆もあります。

嫌なことに向かったときに、それが自分の中の大きな主語のどの分類に含まれることなのかを考えます。

例えば
設計資料書くのだりぃ

という感情が必ずあるのですが、それは私にとって「好きなこと」である、「ソフトウェア開発」「他人との協調」に属する行動です。
ですから嫌なことも、日々こなしています。

さいごに


こんなポリシーなので、比較的普段の言動行動は分裂しているように見えます。
特に嫌と言っていることを率先して何かをしていたり。

そんな解りにくい管理人ではありますが、今後共良く付き合っていただけたらと願うばかりです。

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